生涯現役貫いて...桂歌丸さん 告別式 笑点メンバー最後の別れ

07/11 18:48
落語家・桂歌丸さんの告別式が11日、横浜市内で営まれ、「笑点」メンバーが最後のお別れをした。

7月2日に慢性閉塞(へいそく)性肺疾患のため、81歳で亡くなった落語家の桂歌丸さん。

午後2時から始まった告別式には、「笑点」メンバーの三遊亭小遊三さん、林家三平さん(47)、林家たい平さん(53)、山田隆夫さん(61)、そして林家こん平さん(75)らが参列。

林家木久扇さん(80)は、はなし家らしい歌丸さんとの海外旅行の思い出を明かした。

林家木久扇さんは、「『兄さん、ドルどのくらい持って来たの?』って聞いたら、規制のこれくらい持っていくようにというものから外れて。『兄さん、これ取り上げられちゃうから! 大変だよ、こんなにドル持ってちゃ』、『どうする?』、『トイレに行こう!』と、トイレに2人で行きまして、ドア閉めて、2人で上半身裸になって、兄さんの持ってるドルをですね、私がセロハンテープを持ってましたので、背中に、どんどんどんどん貼りつけていきまして。トイレから出ましてね、切符を見せて、『これは、どこから乗ったらいいんですか?』と聞いたら、『あれです』って、もう飛んでっちゃったんですよね」と語った。

落語を残すのも、落語のお客さんを残すのも、落語家の責任。
そんな思いで67年間、落語に人生をかけた歌丸さん。

1966年にスタートした「笑点」の顔としても、50年以上にわたり、お茶の間に笑いを届けた。

晩年は、腸閉塞や肺気腫、肺炎など、さまざまな病と闘いながら高座に上がり続けるなど、最後の最後まで、命がけで落語と向き合った。

11日の告別式には、歌舞伎俳優の尾上松也さんや、女優の泉 ピン子さん、落語家の笑福亭鶴瓶さん、林家ペーさん、マギー司郎さんら、およそ2,500人が参列した。

春風亭昇太さん(58)
歌丸師匠の後の(笑点の)司会なんてね、そら嫌ですよ。ずっと笑点に携わってた方ですからね。

いろんな司会者を回答者として経験して、それで満を持して司会をやっていた方なので。
本当に「自由にやってください」って真っ先に言ってくれたのは、うれしかったですね

三遊亭圓楽さん(68)
まずは「お疲れ様でございました」と。そして、あとは「ありがとうございました」と。もう1つが、「まだ呼んじゃダメだよ」と。

そっちに行くと、うちの師匠だとか、談志師匠だとか、いろんなお師匠さんたちがいるから。ちょっと早いと言われるか、こき使われるか知りませんがね。

とにかく、「そっちでしばらく待っててください」と。わたしは、ゆっくり行きますから。しばらく寂しい思いをしながら、思い出の中に生きて。自分の寿命が尽きた時に、お師匠さんに、うちの師匠のいらっしゃるところへ伺いますからと。

遺影は、歌丸さんが大好きだったという緑色の着物を着て、高座に上がった時のもので、祭壇は、3,000本の花で、歌丸さんが育った横浜の海をイメージ。

そして、祭壇の横には、歌丸さんの功績をたたえる展示室が。

愛用品の数々、写真パネルのほかに、2018年4月、最後に上がった高座の映像が流された。

また、「笑点」が放送50周年を迎えた際に贈られた特製の車いすが飾られ、セットも再現された。
告別式の会場には、一般の人向けの献花台も設けられ、1,500人ものファンが駆けつけ、列を作った。

告別式では、歌舞伎俳優の中村吉右衛門さん(74)が、涙をこらえながら、友人を代表してあいさつした。

中村吉右衛門さん
追悼番組の中で、師匠と奥さまが結婚なさる時に、奥さまが「よし、この人のはなし家としての将来にかけてみよう」とおっしゃったとか、女性に、そこまで腹をくくらせる師匠の人間性の素晴らしさに感服し、奥さまの度量の大きさにも感服いたしまして。

師匠を私がうらやましいなと思うのは、奥さまが見抜いた通り、師匠は落語を残し、そして落語のお客さまを残し、やるべきことを全てやりつくして旅立たれました。

言ってみれば、独り勝ちみたいなものでございますね。

ですから、私は最後に師匠に、こう申し上げたい。
「師匠、勝ち逃げはずるいよ」ということでございます。お疲れさまでした。

泉 ピン子さん
わたしがお笑いをやっているころに、よく昔、旅に行った仲ですから。
わたしの若い10代のころを知っている人は、もういなくなっちゃいましたね。

わたしの若い、カワイイ時代を知っている師匠は、歌丸師匠が最後ですね。
本当に真面目で、オシャレで堅物で、ちょっと打ち合わせしていても笑う感じがないんですよ。打ち合わせも。
真面目なんですよ。笑いも取らない。
余計なことを言うと、「リハーサル中です」って。そういうところは、師匠は融通性はないです。

(お別れの言葉は?)
もうすぐ行くから待っててね。
本当に惜しい...。落語家っぽい落語家さん。オシャレで粋な、愛する横浜で、地元の皆さんとお別れ会して、本当に兄さんぽいなと思います。

桂文珍さん(69)
「お客さまあっての芸だ」っていうことですね。ここが一番、師匠に教わったことだというふうに思っております。
芸に対して真正面から向かっていくところが、かっこいい。そういうところが、大変尊敬するところ。

(“最後まで現役”の言葉がぴったり)
酸素を吸いながら、一生懸命、語っていかれるというあたりは、素晴らしい生きざまだったと思っております。

歌舞伎俳優の尾上松也さん(33)
師匠は恥ずかしがって、ご自身のそういったことは、教えてくださらなかったものですから。
「もうやっていただけるだけで...」というような、すごく喜んでくださってたのが、うれしくて印象に残ってます。

愛に包まれた方だなと。
落語愛しかり、落語の未来もそうですし、後輩たちに対しても、何に対しても、特に奥さまへの愛情というのは、深いものがあったんだろうなと。

師匠の魂みたいなものは、せんえつながら未熟者ですけれども、僕も継承して、未来に歌舞伎も落語も伝統芸能ですので、未来につなげていけるように僕も全力を尽くしたいなと。

林家たい平さん(53)
最後は、酸素のチューブをつけながらの落語でしたけど、師匠は、ずっとかっこいい人だったから、そういうところは見せたくないのかなと思ってたけど。
それすらも笑いに変えて、そして、最後の最後まで落語を人に伝えたい、楽しさを伝えたいって、それも全部、僕たちに背中で見せてくれたし、高座で見せてくれたかっこいい師匠でした。

三遊亭小遊三さん(71)
だんだん寂しくなりますね。
訃報の直後は、いろいろと頭を使うので、そういう気持ちにならなかったんですけど。
だんだん、だんだん、「ああ、本当にいなくなっちゃうんだな」と、それが大きな穴が開いたみたいで、とっても不安ですね。

桂米助さん(70)
僕は弟弟子ですから、お通夜から昨日のお葬式から、きょうと、3日間ずっと一緒だったので。
だから逆に言うと、これからでしょうね、寂しさが来るのはね。

今はまだ、僕なんかも、ずっとそういうところで気を張ってましたし、本当のさみしさっていうのは、これからだと思いますよ。

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